ウィーン留学時代の想い出


クリスマスプレゼント ザルツブルク&ザルツカンマーグートの旅 1980.12.24-27


サルツァッハ川からザルツブルク市街、ホーエンザルツブルグ城を臨む。
初めて迎えるクリスマス、ウィーンの街は至る所にアドベントクランツが飾られ、市庁舎前にはクリスマスの飾りやお菓子などを売っているキンドルマルクトができて賑わっていました。日本の両親から生活費を仕送りして貰っていたので、少しでも無駄なお金を使わずに生活を切りつめて帰国後の返済を楽にしようという考えが常にありました。そのことが手紙から両親に伝わって、せっかくの留学生活があまりにもけちな生活を自ら強いることでつまらないものにならないか、あるいは大切な機会を逃すようなことにならないかと心配させてしまったようです。実際にはそんなに貧しい生活をしていたわけではなく、ごく小さな倹約を日頃心がけていたに過ぎなかったと思います。たとえばお湯は夜間電力で一日100Lだったので、お風呂に入る日は朝からお湯を節約して洗い物はできるだけ水でするとかいうような不便さがあり、洗濯はクリーニング屋に出せば楽なものを節約してお風呂の翌日に自分のものは自分で洗う(洗濯機はありませんでしたから手洗いでした)とかいうことが手紙で伝わると両親の気持ちとしてはずいぶん苦労しているなと感じたのでしょう。でも習慣になってしまえばさほど苦にはならなかったし、今思えば貴重な体験でした。母たちの世代なら若い頃は冬でも外の井戸端で洗濯板でごしごしやっていたわけですから、家の中でお湯も使ってなら楽なものです(そうだ!洗濯板があればよかったと今頃思っています)。
ほかにもケーキを我慢するとかお小遣いはなしとかいうことでずいぶん楽しみを制限しているという印象を与えてしまったと思います。それが初めてのクリスマスにすばらしいプレゼントをしてもらえることに繋がりました。日頃の仕送りの他にさらに負担をかけるようで申し訳なく思いましたが、でも両親の気持ちはとてもうれしかったのでありがたく受けることにしました。それが初めてウィーンから外に出る旅だったのです。
ウィーン西駅から9時45分発のアールベルクエキスプレス号に乗りました。汽車が走り出してじきに外はすっかり田園風景になりました。初めてウィーンの外へ出たのでこんなにもすぐに景色が街から田園になったことは驚きでした。煉瓦や漆喰の壁、急勾配の屋根には煙突があって窓にはレースのカーテンというようなすてきな家が点在しているなだらかな丘や畑、牧場の間を小川が流れ、どんなに小さな集落でも必ず教会がある、そんな景色が時折陽が射したりまた吹雪いたりという冬のお天気の中に続いていました。飽かず眺めているうちに13時20分ザルツブルクに着きました。

ホテルに荷物を置き街へ出ました。食事をしたかったのですが時間がもう昼食には遅くレストランが開いていません。やっと見つけた一軒は中からアコーディオンの音が聞こえ、先客がなにやら楽しくやっているところでした。とにかく何か食べられそうなので入ってみました。食事を頼み待っている間、先客のグループはもうすっかりご機嫌でアコーディオンを伴奏に次々歌っています。だいぶご酩酊のテノール崩れがトスカやリゴレットを歌っているのを聴いているうちに料理も来て、ワインを飲みつつこちらもいい気分になってきました。そのうちにそのテノール崩れのおじさんがこちらにやってきて一緒にやろうとシャンペンが追加され、さらに別のテノールが加わって文子が口三味線で伴奏をするといたく喜んであれこれと歌ってすっかり意気投合してしまいました。

食事が済むと街はもう夕暮れ、大聖堂(写真左)やゲトライデ通りのモーツァルトの生家の前を通って休日で閉まっているお店をウィンドウショッピングして宿に戻りました。夜の大聖堂のクリスマスミサに行くまで一眠り…

夜の街は人も多く、レストランは何処もいっぱいの人で賑わっています。4時頃までごちそうを食べていたので我々はお茶にしたのですが、しっかりお菓子は食べてしまいました。トプフェン(クリームチーズ)に赤いスグリのコンポートを巻いたパラチンケン(厚手のクレープ)の熱々のが2本、大きなお皿一杯ですごいボリューム!でもそのおいしかったこと(これはウィーンに戻ってから早速例のお菓子の本を見て実践、我が家の得意のデザートになります)。

6年前に創立1200年を祝ったという大聖堂では巨大なオルガンの鳴り響く中、クリスマスのミサが捧げられました。ミサが終わると一斉に鐘が鳴らされ、その響きがザルツブルクの街中に響き渡りました。
翌朝は雲一つない晴天。メンヒスベルクの山を散歩しました。
この小さなキリストの前でじっと頭を垂れて祈る人の姿に本当の信仰の心を見た気がしました。

ホーエンザルツブルク城は11世紀に建設が始まったという城塞。中はそこで籠城できるようにあたかも小さな街のようになっています。砲台からは大砲がいくつも外を向いて置かれていました。
高いところにある城からは遠くまで見晴らせます。
いいお天気だったのでそれはすばらしい眺めでした。


山のはずれには映画Sound of musicに出てきたノンベルクの尼僧院があり、尼さんたちのお墓がひっそりと並んでいました。

このあとやはり同映画に出てきたトラップ大佐の家やマリアと子供たちが落っこちた家の前の湖(すっかり凍ってまぶしく光る氷の上で子供たちがスケートをしていました。)等も見ました。モーツァルト広場のカフェ・グロッケンシュピールで食事をして、ティータイムは1703年にヨーロッパでは5番目にできたというカフェ・トマセルリでお菓子を食べました。普段の生活からは考えられないほどの贅沢をしていました。それもこれも両親の愛情こもったプレゼントのおかげでした。この旅行だけはけちをせず大いに楽しむことができたのです。

夜はレジデンツの宮廷音楽会に行きました。あまり上手とは言えないアンサンブルでしたが、お城のすてきな部屋でモーツァルトの室内楽を楽しむという雰囲気だけを味わってきました。

明日はいよいよザルツカンマーグートの湖沼地帯へ出かけます。
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