ウィーン留学時代の想い出


クリスマスプレゼントの旅 1980.12.24-27続き ザンクトヴォルフガングへ

26日朝、雨の降っている中をザルツブルクの駅前からポストバスでザルツカンマーグートというすてきな湖沼地帯へ向かいました。氷河期にできた美しい湖と山岳の景色がすばらしいリゾート地ですが、我々はその中のSt.Wolfgangsee(ザンクトヴォルフガング湖)に面したザンクトヴォルフガングの村へ。ザルツブルクからはポストバスで2時間弱です。ポストバスというのは田舎方面へ全国くまなく走っている黄色いバスで、郵便局と同じポストホルンのマークが着いています。昔の郵便馬車がお客を便乗させたのが始まりで、今も郵便局が経営しています。

ザルツブルクを出発してすぐに雨は雪になりました。

地図の左端がザルツブルク、矢印のようにバスできたので対岸にザンクトヴォルフガングの村の教会が見えました。
村についてインフォメーションでホテルリストを貰うつもりがクリスマス休みでゲシュロッセン(休業)!でもペンションの並ぶ町並みはせいぜい端から端まで歩いても20分くらい、“Zimmer frei(空き部屋あります)”の札の出ているペンションの中から気に入ったところを二つ見つけてそのうちの一つを訪ねました。赤いセーターに白いエプロンのおばちゃんがにこにこと出てきたのですが、『ちょうどふさがっちゃったところなの、ごめんなさい。でもすぐ近くに姉のペンションがあるからよかったら聞いてみて。』と言われました。教わったペンションはなんと我々が目星をつけたもう一つのペンションでした!そう言ったらおばちゃんとてもうれしそうに、『たぶん空いてると思うわ。』
そちらのペンションに行くと今度は黄色いセーターに白いエプロンのおばちゃんが出てきて『さあ、どうぞ。今、妹から電話があったわ。』実に家族的で和やかな雰囲気にとてもうれしくなってしまいました。“Seerose(睡蓮または湖のバラ)”という、まだ新しいこのペンションの湖に面したすてきな部屋へ案内されました。
荷物を置いて外へ出ました。湖畔の道を歩いて行くとシーズンオフで誰もいない桟橋には雪が積もり、湖水は底が見えるほど透き通った碧色でした。

外の黒板にメニューを出しているレストランで『本日新鮮な鱒あります!料理はご注文に応じます』と書いてあったのでそこに入りました。白ワインを頼むと1/4Lのが出てきます。ハウスワインはその店の気に入っているホイリゲので下手に銘柄を指定するよりおいしいです。鱒は“水車屋の娘風”というさすがはオーストリー的な名前のついた料理を頼みました。大きな皿に立派な鱒が2匹(たっぷりバターのソテー)、パセリをまぶしたとろっとおいしいジャガイモ、レモンとピメントが添えてあります。お給仕がヒーターに載せて運んできて取り分けてくれました。ウィーンに来て以来口にしていなかった新鮮な魚(淡水魚ではありましたが)はことのほかおいしかったです。
少し酔っぱらってご機嫌で外へ出て、今度は山の方へ登って行きました。道はだんだん雪が深くなり、少し登ると木々の間や牧場を縫って流れる小川、葉をすっかり落とした枝々が焦げ茶色のレースのよう、振り返れば下の方には村の屋根、教会の塔、湖、対岸の雪景色…それはまさにブリューゲルの絵のようでした。
お百姓さんの家の屋根の煙突から煙が雪の中に立ち上り、薪の山の上には雪が積もっています。誰かの足跡について行くといつの間にか牧場に入り込んでいました。雪は膝くらいまで深くなり、向こうの方に山小屋が見えます。牧場の柵の上に小さな雪だるまをこしらえて表へ回ってみると“Privat(プライベート)”と書いてありました!
ザンクトヴォルフガングは今は小さなリゾート地ですが、12世紀ころから巡礼の町として人が多く行き来したところだそうです。町の中心にある教会は11世紀に建築が始まったという立派なもので、ミヒャエル・パッハーという祭壇彫刻家の作った見事な祭壇があります。クリスマスなのでクリブが飾られていました。
いったんペンションに戻り、濡れた靴を乾かしました。
夕食はペンションではできないのでどこかおいしいところをと紹介して貰ったのが“Alpenrose(シャクナゲまたはアルプスのバラ)”、一休みしてから行ってみるととても雰囲気のいいレストランで、マスターの笑ったときの目のあたりの表情がなんとなくペンションのおばちゃんと似ている感じ。お店の名前からしてもここはお兄さんのお店?とか話しながらBier vom Fass(樽生ビール)、Bauern Spiess(お百姓さん風串焼き)、Reh Braten(鹿肉のロースト)を頼みました。
満足して外へ出ると雪がしんしんと降っていて、街灯に照らされて音もなく次から次へと舞い降りてくる有様は夢のようでした。暗い湖面越しにライトアップされた教会の塔が見え、それはまさしく幻想の世界でした。あの印象は今も鮮明に覚えています。暗くて写真に残せなかったのは残念ですが…
ペンションに戻り、冷えた体を徐々に温めていくととてもくつろいだ気分でその晩はゆっくりと休みました。翌日、ポストバスでSt.Gilgen(ザンクトギルゲン=モーツァルトのお母さんの生まれた町)とMontsee(モント湖)に寄り、ザルツブルクに戻ってきました。ウィーンへの汽車はいくらもあるのでもう一度ザルツブルクの町を歩き回ってから暗くなった町を急いで駅へ。17:41発の汽車はすいていて、2等のコンパートメントにゆったりと席を取って、もう外は見えないので地図で歩いたところをなぞったりしながら満足感に浸って揺られているうちに眠ってしまいました。
ウィーンについてシュトラーセンバーンに乗り街を見ているとなんだかとても懐かしくて、ああ、もうここが我が町になったんだなぁと思いました。たった4日間でしたが、こちらへ来て初めての贅沢な旅ではいろいろな意味で見聞を広めることができました。すばらしい景色、おいしい食事、すてきな宿、そしていろいろな人と出会って話をし、心の栄養をたっぷりと摂ることができました。こんなすばらしい経験をさせてくれた日本の両親に心から感謝したいと思いました。
家に帰ってみるとたくさんのクリスマスカードが届いており、さらに玄関を入ったら大家さんのホリックさんからのプレゼント、たぶん子供たちがこしらえたもみの木の枝にろうそくとチョコレートやいろいろな飾り玉を乗せたクリスマスの飾り、手作りのクッキー、モーツァルトクーゲルが置いてありました。旅行に出かけるときにこちらから手作りのパウンドケーキとカードを届けたお礼の意味もあったでしょうが、とってもうれしかったです。旅行に出かける朝にも玄関のドアの外にクリスマスのフラワーアレンジが置いてあり、これは管理人のおばちゃんからでした。こちらへ来て4ヶ月、もうすっかり周りの人からも受け入れて貰っている自分たちの幸せを思って胸が熱くなりました。
30日に年内最後のブラベッツ先生のレッスンがあり、先生からもプレゼントをいただきました。それとこちらの寒さにはやはり絶対に帽子がいると言われて帽子を買いました。今まで野球帽や中学の制服の時の帽子、スキーの帽子くらいは被ったことがありましたが、こちら風の帽子は初めてでなんだか恥ずかしいようなうれしいようなでした。でも確かに暖かいと思いました。

そんなこんなで1980年も間もなく終わろうとしていました。
大晦日はウィーンの国立歌劇場恒例のオペレッタ、こうもりを見るのです。これについてはまた次回。

楽譜を入れる鞄がなくてレッスンに行くときいつも紙袋に楽譜を入れていました。ブラベッツ先生からのプレゼントはこの鞄と手作りクッキーでした。
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