ウィーン留学時代の想い出


うれしい妹の訪問、滞在 


さぁ、今日は久々に一緒に飲もう!

できあがり!
1981年の5月、文子の父が仕事でスイスへ来るついでにウィーンへもちょっと寄るといううれしい知らせがありました。6月には妹の百合子も来ることになり、文子はもちろん、私もとても楽しみにしていました。なんと言っても9ヶ月ぶりに肉親と会えること、そして故郷の様子を生の声で聞けることが何よりうれしかったのです。

私から両親へ宛てた5月20日の手紙に、もう数日前からお義父さんがドイツかスイスあたりまでいらしているはずだから、いつ電話がかかるかと楽しみにしているということが書かれています。いらしていただくついでに日本からずいぶん大きなものまで運んでいただくお願いまでして申し訳ないとも書いてあります。確か文子の振り袖が一番大きな荷物だったと思います。こちらで着る機会がありそうだというので無理をお願いしてしまったのです。

23日に義父は無事到着しました。一緒にオペラを見に行ったり、レストランでお義父さんにご馳走になったり、ホイリゲ(造りワインの飲み屋)で飲んだり、毎日盛りだくさんの楽しみがありました。
義父といい気持ちで飲んだ帰りのシュトラーセンバーンはまるでメリーゴーランドに乗っているようでしたね。お客の大半は酔っぱらいで、シャフナー(車掌)ひとりが憮然としらふだったようです。リンクあたりまで来る頃にはいくらかぐるぐる回る感じも収まって、夜空を突くフォーティフキルヒェのライトアップされた姿が印象的でした。酔っぱらって二重に見えたのではなくて、ほんとに塔が2本建っているんです。

楽しかった義父の滞在期間中ももちろんレッスンはあり、そのころはバッハの無伴奏組曲6番のプレリュードを弾いていました。楽しい毎日の中で練習もしっかりしていたようで、レッスンで褒められたと報告しています。レッスンが済んで次のアルマンドのボウイングを写していたらブラベッツ先生が奥様を呼んで、『正三、もう一度弾いて聴かせてくれ』とおっしゃり、おふたりの前で緊張してもう一度弾いたと書いてありますが・・・うーむ、覚えていません。
6月5日に文子の双子の妹、百合子がやってきました。二人で空港まで迎えに行き、エール・フランスの飛行機が到着するところから乗客がバスでターミナルへ来る様子、そしてロビーへ出てくるまでをずっと見守りました。小さな空港ですから、あっという間に通関も済んで懐かしいゆこちゃんが出てきました。再会したとたん、文子とゆこちゃんが抱き合って涙ぐむ様子に姉妹の絆を強く感じましたが、周囲の人の目にも美しく映ったみたいです。

大きな荷物がありましたが、バスと徒歩で早速我が家へ案内しました。着替えてリラックスしたゆこちゃんは以前と何も変わらない様子でした。これから一月以上も一緒にいられると思うと3人ともうれしくて夢のようでした。
ゆこちゃんが私の小学校からの親友と結婚したのが80年5月、新婚早々から仕事一筋の彼がまずゆこちゃんの長期休暇を許してくれました。さらに彼女の滞在中の特別費用を我々の両親ばかりか彼のご両親からもいただいて、『思う存分楽しんでおいで』と送り出してもらったのです。なんと幸せなことでしょう。
ゆこちゃんの滞在は我々の日常生活を何倍も楽しいものにしてくれました。一緒に買い物に行き、コンサートやオペラを楽しみ、カーレンベルクへハイキングに行く息抜きやホイリゲでワインを飲んだりもしました。家では楽しくおしゃべりをしながらお茶や食事をしました。なによりお互い遠慮がいらないので、それぞれのペースを乱すことなく生活できたのはよかったです。
15日、バーデンに休暇中のブラベッツ先生を訪ね、先生ご夫妻が滞在しているホテル(昔城館の一部だったというたいそう立派な)でレッスンしていただきました。二人が着ている服は先日フラウ(奥様)が二人のために選んでくださったディアンドル(民族服)。後ろの建物はベートーヴェンが第9交響曲を書いた家。
レッスンはホテルのダイニングルームで。ブラベッツ先生の口添えで近々テレビの出演予定があり、そこで演奏するヴァンディーニのソナタをレッスンしていただいています。フラウも片隅で聴いてくださいました。

鱒が泳いでいるのが見える渓流沿いの道で。
レッスンのあとは、ドライブ、食事、散歩と丸一日先生ご夫妻と楽しく過ごさせていただきました。
我が家から歩いて行かれる名所は数々あるのですが、ここもその一つ。トルコ軍から国を守った英雄オイゲン公の夏の館ベルヴェデーレ宮。ふたりともディアンドルがすっかり気に入ってよくお揃いで着て出かけました。

義父はこの写真を見てウィンナ・ソーセージ(ウィーンの双生児)と洒落を飛ばしました。
せっかくの機会だからと、文子の先生、アカデミーのムラツェック先生に連弾のレッスンをお願いしました。ムラツェック先生は奥様と長年ピアノデュオで活躍されました。ゆこちゃんと文子は芸大ピアノ科に揃って入り大学院まで一緒でしたから、連弾や2台ピアノもおりを見てやっていました。この日はシューベルトのファンタジーを聴いていただき、楽しくも充実したレッスンが受けられました。
映画『第三の男』で有名な大観覧車のあるプラター公園へ行きました。にぎにぎしい遊園地は我々はみんな苦手、全長4kmもあるマロニエの並木道やプラターの森が好きです。お客を乗せて走るミニSLがいて、ふたりが写真を撮ると運転のおじさんもこっちを向いてくれました。そればかりか文子に・・・
『乗っていいよ』
えっ!ほんとに?
6月5日にゆこちゃんがウィーンに来てから飛ぶように楽しい毎日が過ぎました。この間にベルヴェデーレやシェーンブルンなど名所はもちろん、カーレンベルクやグリンツィングへも出かけ、美術館を見、また買い物や散歩にも行き、もちろんコンサートやオペラには精力的に通いました。彼女が行ったコンサート、オペラは24日間で18回(しかも出演者の具合が悪く2回キャンセルがあってこの回数!)。さらにムラツェック先生の連弾のレッスンは3回も受けたのです。こうして怒濤の6月が終わりました。

7月1日からは3人でザルツカンマーグート、チロル、スイスを経てゆこちゃんが帰国する便が出るパリまで10日間の予定で旅に出ました。こんな贅沢ができるのも日本の家族の多大な援助のおかげでした。我々が人生の宝となるであろう体験をするために、そして最大の収穫があるようにとみんなが暖かく見守ってくれていました。
ザルツカンマーグートのハルシュタットはかつて鉄器文化が栄えたところ。湖に山が迫り、狭い土地に小さな集落があります。鉄道の駅は対岸にあるので、汽車の時間に合わせて連絡船が出ます。

村はずれからケーブルで岩塩の山ザルツベルクに上るとすばらしい景色に息をのみます。
朝靄の中をきらきらと航跡を残してハルシュタット駅へ向かう連絡船。
ハルシュタットに2泊して、その間に神秘の湖と言われるゴーザウ湖へ行きました。ポストバスで前後2つあるゴーザウ湖の前湖に着き、5kmほど歩いて後湖まで行きます。どちらもすばらしく水がきれいで、周りの山を写した美しさはまさに神秘の湖でした。この写真は前ゴーザウ湖、水に映っているのは雪渓を頂くダッハシュタイン(2996m)。
ハルシュタットの駅に入ってくるオーストリー国鉄の汽車。オレンジ色のこの汽車の写真を見ると旅の思い出がよみがえります。

旅はこのあと思わぬ展開になりました。チロルのツィラータールという谷の奥にある村、マイヤーホーフェンに1泊したのですが、そこで文子が体調を崩しました。疲労のせいかと心配しつつウィーンへ戻るべきか先へ進むべきか迷いました。結局移動距離の近いインスブルックを目指すことにしました。文子をかばいつつインスブルックへ着くと、今度はゆこちゃんが同じように具合が悪くなりました。これは変だなぁ、何かにあたったかな?考えると、どうやらゴーザウで飲んだ牛乳のせいではないかと思い当たりました。新鮮ではあったのですが、濃すぎたか衛生上の問題か・・・とにかくビールを飲んだ私が無事で牛乳を飲んだ二人はひどい目に遭いました。
二人をホテルに休ませて多少街を見物しましたが、残念ながらマイヤーホーフェン同様インスブルックもあまりいい印象を持てないまま、結局この先のスイス旅行を断念して一路ウィーンの我が家へ戻ることにしました。

予期せぬ事態で旅程を変更しても、ありがたかったのはユーレイルパスというヨーロッパ内の1等車に15日間乗り放題のパスを持っていたことです。スイス観光は仕損ねましたが、おかげで高いホテル代や食事代を使わず、交通費も全くかけずに我が家へ帰ることができました。ほっとしたら二人の具合もたちどころに快復しました。家の台所に出発前に置いていった大根から花芽が伸びて、人知れず一輪咲いていました。
我が家に戻ってすっかり元気になると、また家にじっとしていられなくなります。オーストリーは山歩きが盛んな国で、至る所に整備されたヴァンデルンク(山歩き)コースがあり、前から歩きたいと思っていました。それにはまず登山靴が要ります。できればニッカボッカも・・・そうだ!スイスをやめた旅費の浮いた分で買おうよ。お揃いでさぁ。

早速買いに出かけ、靴、ハイソックス、ニッカボッカ、ヤッケにリュックを買いました。地図を広げ、ウィーンから南へホッホシュネーベルクを目指すことにしました。めずらしいアプト式のSLがかなり高いところまで運んでくれるので、頂上の手前から標高差200mほどを歩くだけですが、本格的な靴とニッカーを初めて使って楽しい山歩きでした。高山植物やカモシカを見られたのもよかったです。

結構寒くて、ゆこちゃんにヤッケを貸したのでTシャツの中に新聞紙を入れて応急の防寒にしていました。
ゆこちゃんのパリからの便は10日なので9日にウィーンを出る夜行列車で行くことにしました。山へ行ったのが7日、8日はウィーンでゆっくりできる最後の日です。ほんとに充実した一月でした。我々もゆこちゃんと一緒にとても楽しく満たされた時間を過ごしました。日本の家族のみんなが我々のために手をさしのべてくれたからできた贅沢な日々。ほんとにありがとう。きっとこの幸せな気持ちは一生の思い出になって、そして我々の心を豊かにしてくれる栄養となるでしょう。ほんとにほんとにありがとう!

ゆこちゃん、ほんとによく来てくれたね。ぼくたちはあと1年こちらで頑張るよ。季節がもう一巡りしたらいい思い出をたくさん持って帰るからね。
ウィーンでの最後の1日をゆったりとした気持ちで過ごしました。さぁ、明日は一日汽車旅です。

ゆこちゃんをパリまで送ったあと、我々は北ドイツのハンブルクにいる文子の従姉の家族を訪ねる予定です。
パリから北ドイツへ
MY FAMILY &
PHILHARMONIEKAMMERENSEMBLE
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