石黒 晶(いしぐろさやか)作曲 チェロソロのための絃歌三章


CD付き楽譜出版用レコーディング ; 千葉 さや堂 2009年4月3日


6月3日に山口県宇部市で無伴奏のチャペルコンサートがあり、バッハの組曲から第1番と第4番を弾きたいと思ったが、もう1曲を何にしようか考えていた。ちょうど絃歌三章はどうかなと思っていたら、2月24日に石黒くんからメールが来て楽譜がいよいよ出版になるので校訂を頼みたいと言ってきた。ちょうどいい機会だから是非絃歌三章をもう一度弾こうという決心ができた。

校訂を喜んで引き受けあらためて楽譜を見る。2004年12月に名古屋で初めて弾いて以来、翌年1月には石黒くんが教授をしている神戸女学院の特別講座で招かれ演奏し、2005年10月にはさや堂で初のテスト録音、さらに同年11月にデモ用本録音をした。さらに2007年にはクロスクラブで演奏しているから、現代曲としては異例に繰り返し演奏している。それはやはりこの曲に何か強く惹かれるものがあるからに違いない。どこか懐かしい気持ちになる旋律だ。自分の知らないどこか遠いところ、それは空間と時間の両方の意味で、時間的には過去かも知れないし未来かも知れないが、意識の外の記憶の奥底にしまわれている世界があるような気がする。自分はやがてそこへ行くのかも知れない。音が消え入る時、そこへの道筋を見る気がする。

校訂作業では前回使った楽譜に様々な修正を加えることになった。長く将来この曲が演奏されるようになると、石黒くんのイメージを演奏家が感じるためには楽譜が唯一の手がかりになる。そのためには楽譜が意図を正確に伝えられるように書かれていなくてはいけない。演奏する側から見て疑問に思ったことは遠慮なく言わせてもらった。メールで修正譜をやりとりし意見をし合うことで次第に完成度が高まると同時に、僕の中でも絃歌三章がはっきりと呼吸を始めたのを感じる。3月半ばまでに楽譜がほぼできあがった。
今回の出版では楽譜に資料としてのCDを付けたいという。初めは以前録ったものでという話だったが、今回の校訂をした以上新たに録りたくなったし必要なことだと思った。さや堂の響きももう一度試したかったので、スケジュールを調整して4月3日の午前午後に予約を入れた。これまでもいつもここでの録音のときは千葉市文化振興財団のH氏にお世話になっていた。H氏とは東京フィルの千葉公演などでいつもお会いして話をさせていただくが、個人的にも本当によくお世話くださってありがたく思っている。今回も使用手続きなど代わってしていただいてしまった。約束の10時を少し過ぎてしまいあわてて駆け込むとH氏はすでに中で待っていてくださった。駐車場も手配してくださっていて、重ね重ねありがたかった。

さや堂は広い空間と石の造りのため、コンサートホールとしては残響が常識を遙かに越えて多い。しかし僕はこの音響を生かした演奏にとても興味があって、ここに相応しい楽器や編成や曲があると思っている。

長方形の床の中央に高さが可変式の木の床があり、通常ここがステージになる。前回の録音も、過去に数回東京フィルが室内楽コンサートをしたときもこれを使用した。今回も最初は当然のようにそこで演奏した。しかしマイクスタンドは可動式の上に乗せると振動が伝わってしまうので石の床に置く。あまりマイクから離れられないので、後ろが広く空き、前の壁が近くて落ち着かない。どうしたものか…
今までなぜ思いつかなかったか?石の床で演奏すればいいんじゃないか。床にエンドピンを刺せないのは歴史的建物である以上仕方のない制約だ。だから持参した板を使っている。ということは石の床でも弾けるということだ。

実際やってみて驚いた。録音以前に僕自身の聞こえ方が大きく変わった。遙かにくっきりとメリハリのある音がする。可動式の床は下が椅子を収納するスペースを兼ねており空洞になっているから、その上で演奏すると大太鼓の上で弾いているような感じになってボワボワした音になってしまう。空間の広さで生じる残響とは別のものだ。一つの問題が解決した。

次はマイクとの距離だ。残響を適度に押さえることと外のノイズをできるだけ拾わないためにちょうどいい距離を探す。初め60cmほどまで近づけて録ってみたらまるで僕の耳に聞こえている音響とは違っていて、これでは自分の耳で聴きながらイメージして演奏してもそのような音楽は録れない。やや離して1mかもう少し遠いくらいにしてみると今度は僕の聴いている音に近くなった。よしこれで行こう。
昼過ぎに石黒くんも到着。彼は過去2回の録音時とクロスクラブのときにもわざわざ上京してくれたが、今回こそ本当に是非立ち会ってもらいたくて無理をお願いした。校訂終了後も残ったいくつかの疑問点を確認したくもあったから、忙しいスケジュールをやりくりして来てくれたのはありがたかった。

楽章一つずつを演奏しては聴き返し注文を付けてもらう。僕も自分で聴いて確認する。一回の演奏に勝負を掛けるコンサートとは違って根気のいる作業だ。繰り返し演奏しながら新たな発見を大切に、演奏が惰性にならないように気を配る。約3時間掛けてすべての楽章を録り終えた。演奏は常に新しいものだから、あくまで現時点での記録である。でも石黒くんにもOKが貰えて一つの達成感が得られた。

音源の編集作業と楽譜に添える文面を書くことがあるが、出版までの大きな作業は終わった。石黒くんの心積もりでは5月末には出版したいとのこと、こちらも大いに楽しみだ。

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