Karmann Ghia Diary
時と場所が変われば、つまり背景が変わればカルマンの表情も変わる。

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早朝の多磨霊園 2003/10/25

早朝、目が覚めるといてもたってもいられず、大急ぎでレミとヴィヴォの散歩を済ませた。もちろんカルマンでどこかへ出かけようというもくろみだ。車が好きだった父へ報告しに、多磨霊園へ行くことにした。
そこで問題はヴィヴォだ。これを置いていけば必ず怒って吠えるに決まっている。そうしたら、せっかくそうっと起き出して、家族が目を覚まさないうちに出かけても、すぐにばれてしまうじゃないか。仕方ない、連れて行くことにしよう。レミくん、ごめん。もう一眠りしててね。
というわけで、家族を代表して最初にカルマンの助手席に乗ったのはヴィヴォであった。屋根が全開の開放感が気に入ったのか、いたっていい子に助手席に収まった。
多摩堤から狛江、調布を通って、甲州街道を走り多磨霊園に着くと、時間が早すぎて門が開いてない。仕方なく、出口(こっちは開いていた)からバックで入り、少しいったところで止めた。
父に報告と思ったが、うちのところまではちょっと入れないので、よその前で写真を撮って、後日改めて出直そうと思う。父は戦前、満州で学生時代に免許を取った。当時、学校の自動車部にあったトラックで練習して、いきなり警察の試験場で、これまたそこにはそれしかなかったというバスで試験を受けた。よって、父の免許証は、大型も付いていた。私は小さい時からよくドライヴに連れて行ってもらった。末っ子の特権で、兄弟の中で一番一人だけ連れて行ってもらっていた。父がさりげなく教えてくれたおかげで、免許を取ろうと思った頃には、標識や簡単な交通ルールはほとんど知っていた。
父の乗っていた車の中で、私の記憶にある最初のものはモーリスマイナーであった。ブルーメタリックのきれいな車だった。方向指示器がウィンカーではなく、左右に手が出る式のものだった。今ならクラシックカーファンの目がハートになるような車だ。
ブルーは母の好きな色だと父が言っていたのを思い出した。私が今まで持った車の色は、赤、シルバー、白、白、白、そして今度がスカイブルー。

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